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中学生に対しても、高校生に対しても、指導するうえで意識していることがあります。

それは、「教えすぎない、指示しすぎない」ということ。

生徒からどう映ってるかはわかりませんが、特に中学生に対してはそっけないといいますか、今風にいうと「塩対応」に当てはまるような感じで接しています。

手厚く指導しなければ、点数につながらないということも、でてくるでしょう。

ですが、ぼくはまずそこからスタートしてもいいとすら思っています。


ミスや痛みから、学ぶものは心に残る

何かを学んだり身につけたりするときに、ミスや痛みなどの強烈な動機が伴うと、それは強いイメージとともに自分の中にしっかりと定着します。

「なんとなく、これを勉強しよう」という態度よりも「前はこれで痛い目を見たから、同じ失敗を繰り返さないようにこれを勉強しよう」という姿勢のほうが、間違いなく定着率や継続率は高まるのです。

人間は不思議なもので、うまくいっている時の記憶よりも、痛みを感じた記憶のほうがはるかにその後に残りやすいという傾向があるらしいのです。まあ、身に覚えもあります笑


高校生時代の強烈な失敗体験

ぼく自身が学生時代に勉強に打ち込むことになったきっかけも、まさしくこれです。

高校1年生の7月に受けた最初の模試で、思いがけず好成績をとってしまったこともあり、のんきに1学期を過ごしてしまった結果、10月の模試では散々な結果に終わってしまいました。順位でいうと100番近く下がったような記憶があります笑

これが、ぼくにとっては強烈に痛みを感じた経験となったのです。

この時期を境に、勉強に打ち込む姿勢はガラッと変化したことを、今でも鮮明に覚えています。


「失敗経験」があるから、「創意工夫」が生まれる

リットで生徒にさせている勉強やテスト対策は、ものすごく地味です。

学校の過去問を解かせたり、模試の過去問を解かせたりすることはほとんどありません。

学校で学んできたことをベースに、それをどの程度まで仕上げればよいのか。塾で使っている問題集はどのようにつかえば自分の知識を補うことができるのか。

さらっとした指示のみを与えるだけで、あとは自分で考えさせます。

リットでのテストで、追試になった子たちも同様に接します。

準備すべき教材は全て手元にあるから、それをどう活用すればよいか、ヒントを出したうえであとは各自の判断にゆだねます。

場合によっては、それまで周りの言われるがままに動いてきたのかなと思われる子は、どうしていいかわからないという状況になるかもしれません。

それでも、ぼくからは声をかけません。

なにをしてよいかわからないときに、どうすればよいのか。

それを考えてほしいのです。

それこそが、創意工夫の第一歩。

今のうちに、考える力を養ってほしいと思います。

自分で考え行動する。

社会で生きて行くうえで、これほど大切なことはありません。


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