20201022

ここ数か月、人を雇って塾の掃除やちょっとした雑務をお願いするようになりました。生徒指導については相変わらず私一人でやっております。あくまで指導以外の雑務補助です。

任せているのは掃除や雑務ですので、結果だけ見ると別に私がやろうが人がやろうが同じなわけで、それならば私がやってもいいわけです。実際に、これまでに関していうと人を雇う余裕はなかったこともあり、お金を生み出すわけではない掃除や雑務にお金を払うことができていませんでした、というかするつもりもなかったのです。

ですが、塾の規模もそれなりになってきまして(まだまだ生徒募集中ですが)、細かいところに手が回らなくなってきたという自覚も相まって、しばらく前からお願いしています。

で、結論なんですけど、これが非常に助かっておりまして、もちろん仕事をお願いする以上対価を支払う必要がありますのでその点に関しては負担が増えたのですが、これまでなかった時間を「買えた」という部分がとても大きいのです。

塾に来て掃除をしてかたずけをして備品を購入してなどなど、どう頑張っても30分~1時間くらいかかりますし、時間がないときなんかは、手早く済まそうという思いVS雑になってはいけないという焦りの攻防が常に繰り広げられることになります。

また私としては「〇〇をしなければならない」という気持ちから解放されることが多くなったという部分も非常に大きいです。「掃除しないと」「買い出し行かないと」「ゴミまとめとかないと」などなど、色々やらないといけないことに追われているときは、「やりたいこと」を考える余裕がなくなるため、仕事に幅が生まれにくくなるのです。特に私の場合はこの傾向が強いと自覚しています。

これまでは致し方なかった部分も多かったのですが、今回をきっかけに、時間に余裕を生み出す、時間をお金で買うという意識がはっきりと芽生えたような気がします。

思えば、これって塾も同じなんですよね。一人で勉強するよりも塾を利用したほうが効率よく結果につながるわけでして、成績という結果はもちろんそこに費やす時間も買ってもらっていることになります。そこには子どもの時間もあれば、親側の時間も含まれます。

当然、頼んだ相手が雑な仕事だった場合、かえってやることが増えたなんてこともあり得ますから、その点は頼むときももちろん提供する側のときも、自覚的であらなければなりません。

買った時間を有意義につかわせてもらい、さらに良質な学習機会を提供できるよう仕事していきます。